帰りの電車に揺られながら

 公演初日までわずか。エントランスの紫陽花が、柔らかなひかりの中、色とりどりの花を咲かせて、私たちを迎えてくれる。
 稽古が終わって家路へ向かう。帰りの電車の中、ふと見ると、前の席に座った六、七人の男女が、みな片手にスマホを持って、メールやゲームに興じている。あるいは、何かを調べているのだろうか。上手に検索すれば、何でもすぐに教えてくれる。本当に便利だ。だが……。
 みんなが同じようなものを持って、同じように使っている光景に、軽い違和感を覚えるのは、私だけだろうか?あたかも自分で選んだかの如く、大きな力に、うまくのせられているように思うのは、考え過ぎなのだろうか。
 未来の人たちが、このような私たちの時代について歴史で学ぶ時、何を考えるのだろう。それとも、やはり、みんなが同じようなものを持って、同じように使っているだろうか。 ぶーにゃん

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